余談の部屋 【 R-TYPE.classic 】

なにもがすべて なつかしい

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ
05,12,10

柏で柏木と出会って、「ファイティングゲーマーズ(BBS)」や「BET50」の
存在を知った。『ZERO3』でランバトに通うようになり、大きく世界が広がり、
梅原に出会った。

多くの同志と共に、当時は暴挙といわれた個人主催の全国大会を主催し、
かけがえのない経験と充実を得た。一時期は格ゲーに対するモチベーション
が低迷し、やめようとも思ったが梅原の言葉が俺を新しい舞台へと導いた。

その後、『カプエス』で戦国時代を夢見て闘って、幸運にも実績を残すことが
でき、俺の中で「勝ち」に対する意識が変化した。

あまりにも衝撃的だった「梅原の対戦観」を形(VERSUS)として残すこと
に挑戦し、なんとか作ることができた。

カプエス2』では自分との闘いをテーマに、キャラにこだわり続けて全国を
目指し、納得できるだけの仕上がりにはなった。そして全国前に対戦ビデオ
を発売する! という無法な計画も達成。

今思うと、「学校」「バイト」「彼女」「全国大会の練習」「ビデオ製作」と恐ろし
いスケジュールで動いてたもんだ。

その後は、モアで出会う多くの人間と楽しむことを目的に格ゲーをのんびり
やっていたように思う。BET50で出会った人やモアで出会った人は本当に
個性的な人が多く、「学校」や「地元」に物足りなさを感じていた俺にとっては、
本当に刺激的だった。

だからこそ、出会いに感謝し、その輪を広げたいと思ったのだろう。
もっとモアが楽しくなるといいなぁ、といつも思っていた。

結局、闘劇には選手としては参加しなかったが、それは「自分にできること」を
考えたとき、自分の役割を冷静に判断したからだと思う。
俺はもう、結果を欲してはいなかった。

仕事を始めてからはゲーセンに行く回数が激減した。予想はしていたことだった
ので、別に自然だと思ったし、嫌な感じもしなかった。そーいうもんだ。

その後、なんだかんだでアルカディア編集部で働くことになり、現在のゲーム業界
について大きな視点が持てるようになったと思う。

「もっとこうすればいいのに」とか「このほうが面白い」と思っていたことも、
いざ自分で作るとなると非常に難しく、ときには自分の無力さを嘆いたものだ。

そして「結婚」という大きな転機と共に、変化し続ける今に至る。

自分の好きなフィールドで「やりたい」、「知りたい」と思ったことはすべてやった
という実感がある。だからこそ自然に最前線から退くことができるのだと思う。

引っ越したら色々な意味で、格ゲーをやり込むことは難しくなるだろう。
しかし別に未練はないし、完全にやらないということにはならないと思っている。
新作についていくのは厳しいだろうけど、昔のタイトルならちょっと練習すれば
動けるようになる。

ある日突然、「あ~対戦がしてぇ」ってなって南越や柏に行ってしまいそうだ。
当然、新宿にも来る。

しかし、プレイヤー「アール」として書いてきたこの日記に書くようなことがなく
なるのも事実。余談など、とても書ける気がしない。

だからこのような形で区切りをつけようと思う。
なによりも自分のために。

俺の青春の使い方は、間違っていなかったッ!!!


最後に、この日記スペースを19歳で出会ったころから、
ずっと提供し続けてくれた志郎に感謝する。

ありがとう
スポンサーサイト

テーマ:懐かしのゲーム - ジャンル:ゲーム

このページのトップへ

コメント

このページのトップへ

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

このページのトップへ

トラックバック

FC2Ad

Information

アールと呼ばれた男
  • Author: アールと呼ばれた男
  • ここにある文章は1999年に書いたものからあります。今見ると、恥ずかしい表現や拙い価値観も敢えて修正はしない。
    そう、敢えてだ。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。