余談の部屋 【 R-TYPE.classic 】

なにもがすべて なつかしい

アーケード業界が廃れてきた昨今、多くの有名なゲームセンターが潰れている。
ベットハーフしかり横浜タクトしかり。通い慣れたゲーセンというのはすごく愛着の
あるもので、その場所にないとすごく違和感を感じるくらい懐かしい場所である。
だから愛着のある店が潰れるとすごく寂しい……。

今回はゲームセンター(notアミューズメントパーク)という空間について、
俺の高校時代の思い出の場所、南越谷BIG−1のことを少し書いてみようかと。

学校の乗り換え駅「南越谷」。そこにある対戦が一番流行っているゲーセン。
それがBIG−1だった。新作の入荷が早く、強い人も多い。
地元で培った力を試すには絶好の場所だったが、すぐに勝つ事は難しかった。
もっとうまくなるために通うようになり、強くなるにつれ一人、 また一人と知り会い
が増えていく。

ゲーセンという空間は俺が初めて出合った実力主義社会で、そこには年齢の差は
ほとんどなく、問答無用で強いものが脚光を浴びる。そのため若くても通いやすく、
親に聞いていたゲーセンのイメージとは大きく違っていた。
時にはトラブルもあるがそこは年上の常連がおさめてくれたり、自分でなんとかする
方法を無理矢理学ばされたのもいい思い出だ。

俺にとってゲーセンは「学校じゃ教えてくれない事しか教えてくれない所」って感じ
で非常に多くのことを教えてくれた場所だと感じている。年上の知り会いは「兄貴」
って感じで、同年代じゃ知らない遊びや知識をモリモリ与えてくれ、ついでに社会の
ルールまで教えてくれた。

俺はBIG−1にいた頃はずっと最年少クラスだったので、みんな兄貴って感 じだった
けど、それだけにイロイロなものが見えた。そのとき出会った人とは今でも連絡とって
るし、たまにBIG−1に行けばみんな昔のように迎えてくれる。

こんな風にゲームセンターが一つの「帰る場所」にまでなることを本当の意味で
知ってる人は少ない。かけがえのない場所になりうるんだ。

家庭用ゲーム機が進化し続ける昨今。
ゲーセンの存在意義が問われるが、俺は非日常的なコミュニケーションをはかる場
としてゲーセンはなくならないで欲しいなぁ、と思っている。

PS、俺も親になったら自分の子供には「あんなとこ、ろくな人間がいないんだから
行っちゃイカン!」とか言うのかねぇ……。
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アールと呼ばれた男
  • Author: アールと呼ばれた男
  • 青春という限られた時間の中で得た【 感動・葛藤・出会い 】その大部分をここに刻もう

 

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