余談の部屋 【 R-TYPE.classic 】

なにもがすべて なつかしい

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04,06,17

こうして言葉にすると、なんかすごく嫌なニュアンスで聞こえてしまうが、
あえてこの言葉を使おう。

格ゲーにおいての有名人の定義ってのは、スゲーあいまいで、けっして強い=有名人ってわけじゃない。よく聞く名前であればそれはもはや「有名人」になってしまうというのがネット文化の発達した現在の主流ではないだろうか。

この点に関して俺は、けっこう昔から自分の中で線を引いていて、絶対に必要以上にHPの宣伝はしないと決めていた。

その気になれば、掲示板に書き込みする度に自分のHPアドレスをのっけて宣伝することもできるし、手当たり次第に大手のサイトにリンクしてもらうって事もできるわけだ。

でもさー、少なくとも格ゲーに関してはそういう行為ってスマー トじゃないと思うんですよ。格ゲーやってて、自分の価値観を晒したいんだったら、がんばって強くなればいいだけの話で、下心全快の相互リンクとか頼まれると困 るんですよ、ぶっちゃけ。

最近は全然ないけどね。まあ何年も運営してると、数年に何回かはあって無下に断ることもできないし、かといって利用されるのはしゃらく さいんだよねぇ……。

そんなわけで、R-TYPEは自ら相互リンクを頼むってことはしたことがないはず。
頼まれて受けるのは相手の意図を汲んで、ってときとか、俺もよく見るページだったりする場合ですな。ちなみにビデオとか作ってたときは、軍団ページのリンクを頼んだりはしたけどね。

要するに、こういう気持ちって俺だけじゃないんじゃねーの? と思うわけです。
意外と共感得られるんじゃね? ってこと。

うちのコンセプトはスタイリッシュな硬派(俺のできる範囲で) ってなわけで、バナーも作らないし余計な宣伝もしません。でも他の家から自分のページを見たいときに、リンクがないと非常にめんどくさいので、身内の人々は暇なら飛べるようにしておいて欲しいのです。まぁあくまでも、俺の価値観なので強要はしないし、そーいう人を見ても何も言わんけどね。

ただ、俺はスマートな奴の方が好きだ。

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03,10,04

時代と共に変化していくプレイヤーの本質。
昔の人々はなぜああも無骨で粋なプレイヤーが多かったのか?
今回はそのへんで書きたいことを書いていく。

年々複雑化する格ゲーのコマンド、およびコンボ。技術介入の余地を広げることに
よって熟練者を優遇する利点はたしかにあると思うが、対戦ツールとして格ゲーを
考えるとそれらの要素は障害にもなりえる。

ストⅡ全盛期は対戦人口が今とは全然違ったというのはあるものの、シンプルな
ルールの中で、いかに人ができないことをやるか、という競争だったように感じる。
いわゆる実力ありきでの勝負。

昨今ではシステムと技が複雑化し、キャラによっては家で練習しなければ使い物に
ならないキャラまで居る。もはや技術力だけでも勝負ができてしまう時代。
良い悪いの話ではなく、それが時代の流れであり、今格ゲーをやるのであれば避けて
は通れない道である。

ギルティのように自由度の高さがいい方向に作用している例もあり、複雑化が必ずしも
障害とは言えないが、シンプルなルールの中で培われた人対人の真正面からの殴り
合いが好きな俺にとってはそういったものが薄れていくのはしょうがないものの残念
だなぁ、と感じるわけだ。

オリコンや前キャンのあるカプエスをやっているから、余計そう感じるのかもしれない。
まーしょうがないことなんで、俺もやる気があるときは全力で手先技術を磨くんだけどね。

対戦の駆け引きという本質が薄れ、一人用のゲームになっていく2D格闘ゲームは
時間が経ち過ぎたのかもしれない。

バーチャのもつシンプルさは間違いなく流行る要因の一つだと思うのだが、
2Dユーザーはもはやそれでは満足出来ないところまできてしまったのか……。

そんな感じだ。

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03,10,04

格ゲーをやってると如実に現れる手先の器用さ、今回はこのことについて。

格ゲーを始めた当初、みな器用な人間に目を引かれる。難しいコンボができたり、
特殊入力を巧に使いこなす姿はかっこいいもんだ。だが、上に行けば行くほどみんな
難しいコンボをマスターしているもので、じゃあ全員器用であるかというとそうでもない。

みんな死ぬほど練習して身につけているケースが多く、たいした練習もナシにマスター
できる奴などほとんどいない。故に、格ゲーにおける器用さってのは努力でどうにでも
なる要素であり、それを言い訳にはできないと俺は思っている。
本気でやっているのであれば練習しない奴が悪い。

ただ個人差があるとするならば、その練習を楽しめるかどうかだろう。効率よく練習して
すぐに習得できない人間にとって、その時間は苦痛でしかないだろう。 そーいう意味で
俺は器用じゃないなぁ、といつも思う。何事にも人より時間がかかってしまうから。

ただやる気になったらガイのコンボもマスターできたし、前キャンもそこそこできるように
なった。格ゲーに必要な技術レベルはそんなもんだ。

キムの永久はいまだにできる気がしないが。

PS.格ゲーのコマンド入力や発想力は経験である程度なんとかなる by梅原

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03,02,26

この前アライ邸に行ったとき、キヨマツとかゴンタとかアライとか昔なじみのメンツが
居たのでけっこう対戦した。みんなCかNでちゃんと立ち回る連中なので思いのほか
対戦が楽しく感じた。

最近のモアはストⅡ系の立ち回り以外の武器で戦う人が多く、それもカプエス2
魅力とはいうものの、モチベの低い俺には楽しいとは思いにくかった。

んでやっているうちに自分の中でけっこういい状態になっていくのがわかり、最近
忘れていた自分らしい対戦ができてるなぁ、という実感があった。そんなときは
普段見えないものが良く見える。

モチベの低いときにキムとか使ってると、どーしても適当なプレイになってしまうため、
「俺、今ダメダメだなぁ……」とは思いつつも前転でどうにかしようとしていたりする。
まあキャラも適当で勝てるほど甘いヤツラではないのでストレスにしかならないんだ。

そんなとき、いつも思うのが柏木みたいなプレイヤーは常に戦いの中に確固たる
「狙い」や「目的」をもって戦っているから、俺のように気分によって勝率が変動したり
しないんだろうなぁ、ということ。俺の中にも「狙い」や「目的」はあるにはあるが柏木
ほど濃くは無い。

それ故に、その濃度が薄いときはそりゃもう見る影もないくらい弱いと自分でも思う。
感覚派のプレイヤーと言えば聞こえはいいが浮き沈みを考えるといやはやなんとも。

まあでもそんな自分は嫌いじゃないし、感覚は研ぎ澄まし続けれるという事もわかった
ので、感覚系ってのはアリだと思う。確実に最強のスタイルではないだろうが。

性能が偏っていたり、低いキャラで勝つには人と同じことをしていては絶対無理だ。
でも俺はそこに魅力を感じた。

研ぎ澄ました感性と研究で戦うことに美学を持ち戦うってのはそんなにかっこ悪い
もんじゃあない。

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大学生活の終了と共にそろそろ見えてきたゲーム生活の寿命
この時期になるとより一層そういったことを考えてしまうのはしょうがない、と
自分では納得しているのだが、最前線に立って対戦をするようになり書いて
きた余談なので、やはり衰退していく気持ちと、どうしようもない状況も書いて
おこうと思うわけですよ。

俺に残されたモリモリゲームをできる時間は後半年。
そーいった状況で考えることはやはり前向きではない。例え新しいタイトルが
出たとしても、半年でどこまでやり込めるのか? 納得してやめれるのか?
そういった不安を抱いてしまうわけで……。

カプエス2において前キャンを死ぬほど練習する事に前向きになれないのも、
その練習にあまり意味を感じないからな気がする。無意識でね。

そして今まで非日常に偏った生活リズムのバランス修正もしていかなければならず
なんも考えずに楽しむのがなかなか難しいんですよ。けどモアに行けばいったで
楽しいし、勝てないと悔しいし、この辺のジレンマはキツイ。

ただ、今確かに感じることは対戦をなーんも考えずにひたすら強さを求めてがんばった
時間はすげー特別で、その特別な時間の中で自分は充分過ぎるほど楽しんだ。
悔いはないということですな。

気分としては死ぬほど楽しかった遠足の帰りのバスに揺られてる感じ。
帰り道で渋滞しねーかなぁ……みたいな。

けどまあ就職したとしても簡単に止められるわけないだろうし、モアのみんなには
会いに行ってしまうだろう。そんなことはわかりつつも、やはり今少し寂しい気がする。

要するに、今時間があってモリモリやってる連中は後悔ないくらい遊んでおけ!
ってことですよ。

二十歳前後は3日くらいは寝ないでも余裕だし、対戦以外にも楽しいことは
世の中にはいっぱいある!

こんな話を書いてるとほんと歳とったなぁ、と実感してしまうが、まあこれが
今の気持ちだからしょうがない。

これで留年したらマジで笑うなぁ……。
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Information

アールと呼ばれた男
  • Author: アールと呼ばれた男
  • ここにある文章は1999年に書いたものからあります。今見ると、恥ずかしい表現や拙い価値観も敢えて修正はしない。
    そう、敢えてだ。
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